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手越祐也の声の海に溺れ沈みたい

手越くんがすきです

手越祐也を好きになった経緯


最近いろんな人のはてなブログを読んでいる。
みなさん語彙力がすばらで読んでいてとても面白い。
わたしは飽き性で長文を書くとか打つとかとっても苦手分野ではあるが、ちょっと頑張って見ようとおもう。
語彙力はない。だが愛だけはたくさんある。



最初ということで、なぜ私がてごちゃんを好きになったかの経緯を綴ろうと思う。


それは遡ることまだ小学5年生の3月。
(今はハタチっす)
歌が昔から好きで毎週欠かさず観ていたMステ。
何気なく観てたら当時いろいろあって6人になって帰ってきたNEWSがいた(事情もなにも知らなかった)
そして歌っていたのが「星をめざして」だった
そのBメロ



“目覚めたら君がいて光満ちていた”








!!!!!!!!!!!!!!!!!
?????????????????








誰?!なにこの歌うま!?誰????






“目覚めたら君がいて光満ちていた”落ちの手越担です、はい。




当時小5ながらに彼の声に惚れた。
一目惚れならぬ“声目惚れ”だ。

当時大人気だったマイボスマイヒーローは観ていて、桜なんとかも知ってたけど彼がNEWSのメンバーであるということは全くの無知だったのでここではじめて桜なんとかと手越祐也が一致した。

声目惚れしたはいいものの、まだ携帯もないし家にパソコンもなかったからなにも情報を得ることができない。
たまたまママがやいたMDに入っていた星をめざしてを、当時お年玉を集めて買った水色のMDプレーヤー(懐かしい)にセットして、ひたすらリピってた。Bメロのてごちゃんを堪能していた。







時は経ち、小学6年生になったわたし。
すっかりNEWSにのめり込んでしまっていた。
はじめて買ったCDはweeeek、アルバムはPacific。

だがしかしbut、小学校の卒アルに「好きな芸能人」を書く欄があるのだが、わたしは山下智久と書いていた。ええ、嘘ですとも。
(好きな曲はweeeekって書いた)
なぜって?
んー当時NEWSといえば山Pだったし、
カツンは亀梨赤西全盛期。
関ジャニも人気だったかな
おじゃんぷも出てきた頃?
手越祐也をわかってくれる人が少なくて、彼の名前を書くのが少しだけ恥ずかしかったのかもしれない。ごめんねてごちゃん(´・ш・)




てごちゃんがハタチになり、当時平和魂でやった成人式的な記者会見。TV誌で見つけ買ったんだけど、そのときてごちゃんが掲げた言葉が“有言実行”。
それを真似て、好きな言葉は?とか書く欄がある度にわたしは有言実行と書いていた。
至るところに書いていた。





中学生になった。
中1?はじめてNEWSのコンサートに行く機会が訪れる。
ママの友達でジャニヲタがいるんだけど(今も)、ママと3人で宝石魂に行った。
(ちなみにその何ヶ月か前にカツン魂に行ったのが、わたしのはじめてのコンサートwww)
恥ずかしくてキャーと騒ぐこともできないし、なぜかママと一緒に山Pの団扇を持つしwww
山Pと目が合って、キラキラすぎる瞳になんだこいつ人間か!?って感想だった。
(の前に行ったカツン魂ではかぁめと中丸くんと目が合ったよwww)

昔からわたしは負けず嫌いだったけど、てごちゃんを見て負けず嫌い度がかなり増していた。
体育でバスケやらバレーやらやるときなんてもうバチバチ。友達も負けず嫌いが多くて、もう目で睨み合うし火花散ってた(^ω^)
吹奏楽も中学からはじめたけど、てごちゃんの努力家なところを知っていたから、当時誰よりも個人練頑張ってた自信あるし、ソロ勝ち取ったりやってた。




高校生になった。(高校受験はワンダーランドの“望むならばいつかたどり着けるだろう 這い上がろうどんな高い壁でも 踏み込んでゆくのさ”で日々自分を奮い立たせ、無事合格)



中学のときはあまりヲタは出さなかったけど、高校に入るとヲタ全開で出してた。
するとまあ不思議。
てごちゃんがTV出る度「昨日TVでてたね!」「手越見る度にちわちゃん(あだ名)頭に浮かぶよ(笑)」
あーーーーー幸せだ。
なにかある度手越手越と教室です騒いでいた。
みんな優しいから高校の友達はみんな呆れながらもニコニコしながら聞いてくれていた。謝謝。。

高校でも吹奏楽は続けた。
有難いことに全道全国と行くようなけっこう有名な学校だったから休みはほぼなかった。
だからコンサートになんて行けなくて部活中に号泣したりしてた。
「同じ大地にいるのに!なんでわたしは楽器吹いてるの?同じ大地にいるんだよ!?いつも海が邪魔してるのに。なにやってるのわたし。うわあぁぁぁぁあああああん」
ってかんじで(真顔)

そしてこの時代が手越祐也の存在が1番刺激になっていた時代といっても過言ではない。

100人近くいた部員。
わたしは副部長になってしまったのだ。
それはもう嫌で嫌で死ぬかとおもった(先輩方の苦労を見ていたから)
そしてこんなに部員がいたらソロとかはやっぱり上手いヤツがとる。当たり前だ。
だからわたしが練習するときはいつも脳内に手越祐也を存在させていた。
てごちゃんだったらこういう風に歌うだろう
てごちゃんだったらこうやってビブラートをかけるだろう
てごちゃんだったらこう踊るだろう(ダンスもやってた)
てごちゃんだったらこう魅せるだろう
てごちゃんだったら今この状況だとこう判断するだろう(MTなどでかなり人間関係のこととか話し合ったりしてた)
モチベーションが上がらないときは合奏中にてごちゃんが目の前にいることを妄想していた。
やばい、てごちゃん見てるのに音ミスったらカッコ悪すぎる。やべえぞ:(´◦ω◦`):ガクブル

的な感じで。
何かある度彼ならどうするか、どう表現するかを必死で考えていた。
やっぱりわたしも彼と同じ目立ちたがり屋だったから、どうすれば注目されるのか(技術的な面で)彼と同じようになりたかったのかもしれない。

しまいには手越みたいだね、と言われることもしばしば(嬉しい)










もし手越祐也を好きになっていなかったら今のわたしはいない。
もっと落ちこぼれていたのかもしれない。
もっと弱気な人間だったかもしれない。

彼の努力家なところを見ていたから知らずとわたしも色んなことから負けたくなかった。生まれた環境なんて関係ない。勝ちたかった。
(ただし勉強を除くwww)







高校を卒業して今年で社会人3年目になり、そういう闘争心みたいな感情が生まれることは本当になくなってしまったけれど、彼を見る度わたしも頑張らなくちゃと思う。
いつも勇気をありがとう。





歌が好きだから今は社会人バンドでボーカルをやっているけど、目標は昔も今も手越祐也だよ(´・ш・)
彼の音域はみるみるあがるね。
マライヤキャリー目指せるんじゃない(真顔)
ボイトレお願いしたい本気の本気で。





なんかもう何を言いたいのかわからなくなってしまったしまとまりなくてカスな文章だけど、何が言いたいかというと、手越祐也を好きにならなければ今のわたしはいないということ。ただそれだけです。



いつもありがとう。


愛してます。






ご清聴ありがとうございました(小声)






































“所詮この世は弱肉強食。強ければ勝ち、弱ければ死ぬ”